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天国に行く方法、過越祭

 皆さんは、天国に行く方法をご存知ですか? 多分、皆、天国に行きたいと思うはずですが、天国に行く方法を明らかに知っている人はいないでしょう。そのうえ、神様は人類が天国に行けるように聖書で永遠の命の道を教えてくださいました。 ヨハネの黙示録21:4 によると、天国は死がない所です。言い換えると、永遠の命を持っている人だけが行ける場所です。それでは、永遠なる命を得る方法はなんでしょうか。 ヨハネによる福音書6:53-58 ではイエス様は御自分の肉と血を食べて飲む人だけが永遠の命を得ると言われました。そして、 過越祭 のパンとぶどう酒の中に御自分の肉とちの意味を込めておかれました。 従って、神様が私たちに教えてくださった天国に行く方法は過越祭でした。天国に行きたい人なら、必ず、新しい契約の過越祭を守らなければなりません。 永遠の命を得るのは私たちがこの地球で永遠に生きることを意味するのではありません。天国は死がない所であるため、永遠の命を持っている人だけが入ることができることを教えています。この時代に人類にくださった過越祭を守って天国に行く準備をする皆さんになるように願います。 *詳しい説明を欲しい方はこちらへ! https://watv.org/ja/bible_word/that-opens-the-gates-of-heaven/

万物が証しする母なる神様

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  万物が証しする母なる神様 万物を通して考える神様のかたち この世界に存在する万物は、神様の御心によって造られたものです(黙示録4:11)。特に生命について考えると、一つの共通点があります。それは「 命は父と母を通して与えられる 」ということです。 たとえば、人間でも動物でも、新しい命が生まれるためには父と母の存在が必要です。どちらか一方だけでは、命は誕生しません。 この自然の仕組みは、偶然ではなく神様の設計によるものだと考えることができます。 なぜ父と母という仕組みなのか では、神様はなぜこのように「父と母を通して命が与えられる」ように創造されたのでしょうか。 それは、私たちに与えられる永遠の命も同じように、 父なる神様だけでなく母なる神様を通して与えられる ということを知らせるためです。 簡単に言えば、 肉体の命が父母から来るように、霊的な命も父なる神様と母なる神様から来る、ということです。 聖書に記された「我々」という表現 聖書には次のような御言葉があります。 「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。』」(創世記1:26) ここで 神様は「私」ではなく「我々」と表現されています。 この言葉にはどのような意味があるのでしょうか。 続く御言葉を見ると、その意味がよりはっきりします。 「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。」(創世記1:27) 神様のかたちに似せて人が造られ、その結果として 「男と女」 が存在するようになりました。これは、神様の中に男性的な存在(父なる神様)と女性的な存在(母なる神様)が共にいらっしゃることを示していると考えられます。 日常の例で考えてみると たとえば、鏡に映る姿を想像してみてください。 鏡に映るものは、元の姿を反映しています。 同じように、人間(男と女)が存在するということは、 その原型である神様にもそれに対応するかたちがある と見ることができます。 信仰としての理解 このように聖書の御言葉と万物の原理を通して見ると、 神様は父なる神様だけでなく、母なる神様も共に存在される と理解することができます。 したがって、私たちは神様を信じるとき、父なる神様だけでなく母なる神様も信じるべきであり、そのときにこそ神様が約束された永遠の命にあずかることができるのです。...